◆「難民化」する若者たち!

五月末のある日、ユニオンの相談電話が鳴った。

かなり疲れた感じの中年(と思えた)男性の声。「派遣村って何ですか?」やや非難めいた口調に身構えた。

「昨年末に電機や自動車産業の大会社が大量の派遣切りをしたのをご存知ですか?仕事だけでなく住むところも追い出された人がたくさん出たんです。企業や政府、自治体は知らん顔したんです。市民団体や労働組合が住むところと食べ物を提供するため日比谷公園にテントを持ち込んで『派遣村』を作ったんです」。

「練馬にも派遣村ありますか?」「日比谷公園から一部が移って練馬にも派遣村ができたのですが今はありません」「どこか炊き出しをしてくれるとこありませんか?」「うーん。年末でしたら池袋西口公園とか山谷などありますが今は…」「……」「お困りでしたら一度お会いしてご相談しませんか?」「はい、お願いします」。

 その日はバイトがあるという相談者とお会いしたのは翌日。電話の様子から生活保護申請も必要と考え、昼の時間帯に約束した。事務所を訪れて来たのは電話の声では想像できなかった二十代の青年だった。

 ◆「東京に来れば…」と派遣会社の口車
 K君(九州出身)は保険会社の営業をしていましたが職場環境で
精神を患い、家庭的にも行き詰まっていたとき、派遣会社から「東

京に来れば住むところも仕事も補償する」との誘いがあり信用して
今春上京してきました。しかし、派遣会社が用意した寮(練馬区内)は民間のワンルームマンションの一室を借り上げただけのもの。前住者が「蒸発」したと思われるほど室内は散乱しており家財道具もそのまま放置されていました。

K君は派遣会社に費用を負担するよう要求しましたが派遣会社は応ぜず、やむなく自費であとかたづけせざるを得ませんでした。このため体調を崩したうえ仕事も紹介されず、愛用のギターを質に入れるまで追い込まれてしまいました。

 ようやく仕事を紹介されましたが家賃や敷金を天引きされ、給料は1、2万しか残らず、食事さえ満足に摂ることが出来なくされてしまいした。

(相談に来られたときは三日間何も食べていなかったそうです)。

 ◆ 福祉事務所の親切な対応で光りが!

 ユニオンは「生活保護を申請して住まいも仕事もリセットした方が良いのでは」と提案しましたが、K君は「7月には正社員になれるかもしれないのでここ二三ヶ月乗り切れれば…」と生活保護申請には消極的でした。ユニオンは次善の策として社会福祉協議会の貸付金制度を利用することを勧め、練馬総合福祉事務所の生活相談窓口に同行しました。

 練馬総合福祉事務所ではとても親切に相談に応じていただけました。住民票を移していなかったため社協の貸付制度は利用できませんでしたが、生活保護の仕組みと利用の仕方を懇切・丁寧に説明してくださり、K君も生活保護を申請することになりました。

 

 

 ◆「生きさせろ」という闘いを いま!

 生活保護申請にはいくつかの障害がありました。

 派遣会社が給与や「寮費」の明細書を出さなかったため書類準備が遅れる一方、派遣会社は退寮に際して家賃や敷金や水光熱費の清算や「違約金」を迫ってきました。ユニオンは派遣会社との交渉を準備しましたが、K君は不動産営業の経験もあり自力で派遣会社と交渉し納得できる金額で合意できました。けれどもこの資金は生活保護からは借り入れできず、知人から借り入れることとなりました。

生活保護を受給しながら借入金を返済することはとても困難です。真面目なK君は新たな悩みを抱え困惑していますが、住むところと食べることを確保できた今、心身の疲れを癒し、新しい生活に向かってゆっくりエネルギーを蓄えて欲しいと思います。

 ◆ すぐ隣に生存すら危うくなった労働者

日比谷公園で行われた「年越し派遣村」が示したのは生存すら危うくなった労働者の姿でした。それは、家族と一緒におせち料理を食べるという正月イメージに、日本社会はここまで来てしまっているという現実を対置しました。
 その後、全国で同様の取組みが行われ、生存すら危うくなった労働者は、もはやあらゆる地域・学校・職場に、私たちのすぐ隣にいることを明らかにしました。
 
 628日、「派遣村」全国シンポジウムが開かれ、湯浅誠村長は、「派遣村は日本の現実を可視化し、すべり台社会に階段を付け直す一定の役割を果たした。しかし、200万円以下の所得層が1000万人をこえるなど事態は悪化しており、安心できる社会になっていない」と状況の厳しさを指摘し、「派遣村運動の新しさは、これまで別々だった生活相談グループと労働運動グループがつながったこと。この生活系・労働系が共同する場を広げていくことが重要ではないか」と提起しました。

「東京派遣村」実行委は6月末で解散しましたが、府中緊急派遣村など派遣村運動を引き継ぐ運動が各地で取り組まれています。練馬でも「練馬派遣村」を引き継ぎ、K君が提起した課題を受け止め生かす運動を作り出しましょう。
 「炊き出し」を携帯で検索し、ユニオンを訪れたK君は食べられない苦しみの日々のなか、「盗み」も考えたとふりかえっています。「食べさせろ」「生きさせろ!」という若者たちの叫びに向かい合う労働運動と住民運動が今問われています。

そしてまた、派遣村が問い直した「生活保護受給権」「生存権」を行政(に携る労働者)と連携して実効ある制度に生み直してゆく運動と課題も明らかになりました。(S)