◆ 自治体労働者として自治体業務を支援

 5月28日から6月5日までの8泊9日で、福島県相馬市で復興支援ボランティアに従事してきました。自治労の第8次派遣隊で東京都本部から32名、練馬区職労からは私の他に山本委員長と三沢副委員長が参加しました。

自治労の復興支援は各自治体に対する支援で、避難所の運営、遺失物整理、医療保健支援などで、第8次から新たに私たちが担当した罹災証明書の申請受付という市役所での窓口業務も加わりました。

交渉したりという状況だったそうです。また津波から住民を避難させるために活動していた消防団員10名が亡くなった話などを聞くと、胸が痛みます。

相馬市は震災以降、避難者が仮設住宅に移るまでは土日開庁で業務をこなしています。したがって私たちは日曜の朝から土曜の夕方まで従事しました。役所のあらゆる部署が震災対応にかかわっており、自身もまた被災者でありながら、日常業務にくわえ懸命に震災対応の業務をこなしていく職員の姿は感動的ですらありましたが、精神的肉体的疲労が心配でした。

◆ 自衛隊員の尽力の影で「有事実践訓練」の思惑

 ところで、報道されているとおり、各自治体には自衛隊が駐屯し「活躍」していました。「自衛隊のみなさん、ありがとう」の横断幕もみられました。現地からすれば、圧倒的な機械力と人力を持つ自衛隊の力は頼もしく思えるのは事実です。新地町の想い出倉庫(遺失物の整理洗浄作


◆ 壊滅的な津波被害と放射能の恐怖

 相馬市の被害も他の地域同様、津波の被害が圧倒的です。(上写真:常磐線新地駅私たちが宿泊した松川浦の旅館(高台にあって津波の難をのがれた)の周囲は壊滅的で、残っている建物も一階部分は吹き抜け状態です。湾の中に流された建物や車両、陸には船(右上写真)という状況でした。倒壊した建物等はほとんど撤去されていましたが、ここは何があった場所なのか私たちには想像もつかない状況でした。一方街中は、ほとんどの家の瓦屋根が破損しているものの、

業場)には、毎日瓦礫の下から出てきた写真や位牌等を隊員が持ってきて、それを私たち自治労ボランティアが洗浄仕分けするという流れが出来ていました。個々の隊員たちは、数か月も体育館に寝泊まりし自力炊飯で食を満たし、それこそよく働いたと思います。しかし、その全国的部隊展開が極めて具体的な有事のための実践訓練であり、個々の隊員たちの尽力や思いと防衛省や制服組上層部の狙いは別だということです。(下写真:新地町の自衛隊の司令部にて)

ほぼ通常の生活が営まれているようにみえます。

しかし、地震と津波に加え、福島第一原発の大惨事による放射能の恐怖がつきまとっています。相馬市は、45qです。一日に3回、市内各地の測定結果が公表されます。場所によって数値は大きく異なっています。飯舘村に近い地域の数値が高いようでした。

防災対策、原発の問題、そして自衛隊のこと、いろいろ考えさせられる9日間でした。
(まきのかずのぶ:練馬区職労現業評議会)